急にクリームシチューが食べたくなったので作ってみる。

冷凍ホタテが「広告の品!!」になっていたので迷わず購入。
ゼイタクにも一袋分まるごと突っ込んでみる。
ブロッコリーが完全崩壊の危機に直面するも無事完成。
ん、我ながら上出来♪(←どう考えても失敗しようがないんだが)

  *  *  *

 今日読んだ本。

■生体肝移植 ―京大チームの挑戦―
■後藤正治著 岩波新書 2002年9月刊 本体740円
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0209/sin_k87.html

 『驚いたのはわが子の目の色だった。まるで違う。常に黄色に染まっていた目が真っ白になっている。医師からはさまざまな数値や説明を聞いたが、目の色こそすべてを物語っているように思えた。』


 当初は「治癒不能な肝臓病患者に、死者(脳死者)から摘出した肝臓を移植することで救命する」という治療手段からスタートした肝臓移植。しかし、脳死移植の機会はいまだ少なく、歴史的・文化的に「脳死を人の死とする」考え方に抵抗感を感じることの多い日本では、代わりに健康な人の肝臓の一部を取り出し、患者に移植する生体肝移植が主流となりつつあります。

 この生体肝移植の発展の中心的役割を担ってきたのが、京大の田中紘一教授率いる移植チーム。本書は京大病院を舞台とする数多くの臨床例を元に、生体肝移植のこれまでの歴史と実態、そしてこの技術が内包するさまざまな問題点について述べられています。

 切迫した病状に陥ることの多い肝臓病患者にとって、生体肝移植はまさに最後の命綱。その「効果」は目に見えるほどはっきりしているために、ともすればその利点ばかりが語られがちになります。しかしここで忘れてはならないのは、生体肝移植は決して「切ない宿命」から逃れることのできない技術であるという点です。

 患者を助けるためとはいえ、健康な人間であるドナー(臓器提供者)の体にメスを入れることは倫理的に許されるのか。万が一、ドナーを生命の危機にさらすようなことになったらどうするのか。ドナーになることを強制されたり、またドナーになることを求めるがゆえに家族関係や人間関係が崩れてしまうことはないのか。医療技術があまりに高度なため、患者やドナーの知識が追いつかずに困惑する例もあるでしょう。

 このような問題点を抱えつつも、患者を助けるために奮闘を続ける医療メンバー。残念なことに患者が死亡した例は何度もありますが、ドナー側の死亡事故はこれまでに一件も起こっていないそうです。医師の「より最善を尽くす」姿勢に敬意を払うとともに、人間が人間を助けることの難しさに改めて気づかされた次第です。


 『私の人生はただ、病気とたたかうことにあったし、それ以外のどんな人生哲学ももっておりません』  


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